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近所の人&ノンちゃん

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登録: 2015/4/12
最終訪問: 2016/1/11
このサイトを詳細に拝見したところ、日本の最北端のポスト、最南端のポスト等が写真付きで紹介されており、また、海外では中華人民共和国や英国のポストまで紹介されており、ビックリしました。

そこで、今度は、私が郵便関係のコレクションの一部ですが、6点を写真と解説付きで紹介してみましょう。

①上段の左 
1871年(明治4年)4月20日に日本で最初に発行された切手で、「竜48文切手」です。【⇒これは有名ですね。】
この当時はまだ通貨改革が行われていなかったため、江戸時代の貨幣単位の「文」による額面表示でした。⇒銭形平次が投げていた1文銭のイメージです。
紙質は和紙、切手の周囲の目打ち(ギザギザ)は、まだありません。
切手の左下と右下には郵便差出時に押される消印が見えます。(現代のような日付が付いている消印ではありません。)

②上段の中央
明治時代の後半(1899年~1907年)に発行された日本の「菊5銭切手」です。
切手の消印の上の方には、「支那・漢?」の文字が読み取れますが、これは中国(支那)の漢口(中国湖北省の都市で、現在の武漢市の一部)に派遣された大日本帝国陸軍の野戦局(野戦時の郵便局)で差し出されたものです。
切手の最下部に「支那」の文字が赤字で加刷されているのは、中国派遣の軍隊内では切手を安い価格で販売していたため、まとめて購入して日本国内で売り捌くと大儲けできたので、これを防止するために「支那」の文字を赤字で加刷したそうです。⇒昔も悪い人は居たのですね。

③上段の右
明治時代中期の「小判5銭切手」です。
消印が鮮明で、「碧城」「角田」「28年7月13日、2便」と読み取れます。
「碧城」は、磐城国(いわきのくに)で、明治時代の日本の地方区分の国の一つで、領域は現在の福島県東部から宮城県南部。
「角田」は、角田市(宮城県南部)
「28年7月13日(この時代の数字は左から読みます。)」は、明治28年7月13日⇒現在でも消印には昭和とか平成の年号は入っていません。
「2便」は、午前、午後の2回の「取集」であれば、第2回目の午後便の「取集」の意味です。

④下段の左
1840年に英国で発行された世界最初の切手で、あの有名な「ブラックペニー」です。(ペニー・ブラックと言われることもあります。) 
黒い1ペニー切手なので、愛称は『ブラックペニー』、当時の英国のヴィクトリア女王の肖像が使われています。⇒良い愛称ですね。゜
当時の消印のタイプは色々とありますが、この切手には大きな朱色消印が押されています。

⑤下段の中央
1896年発行の「日清戦争戦勝記念の記念切手」4種類の内の1枚で、日本で第2番目の記念切手、しかも郵便局用の「見本」印が押されている貴重品です。
切手に、明治天皇の肖像は恐れ多くて使えないし、軍功があった将軍の肖像も皇族ではないために使えないといった時代で、この切手の肖像は、有栖川宮織仁親王(皇族)です。
また、現在では郵便局用の見本の表示は「みほん」と平仮名表記ですが、この時代は「見本」と漢字表記になっています。

⑥下段の右
第2次世界大戦中の日本軍発行、マラヤ(現在のマレーシア)占領時の加刷切手です。
英国のジョージ6世の肖像の8セント切手(マラヤは当時英国の植民地)に赤字で「大日本郵便」と加刷して使用しています。
占領時に使用した珍しい消印も、この切手には押されています。
生息地: 神奈川県&ドイツ
ローソン横浜北幸一丁目店の店セブンイレブン川崎宿河原3丁目店の前ローソン伊勢原沼目二丁目店取集時刻慶應大学矢上キャンパス23棟入り口日枝小学校前交差点ミニストップ小田原飯泉店ポスト全景
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